女の子

女の子

思春期の頃の私は、女の子女の子している女の子にあこがれていた。 どちらかというと、私は、がさつで、女の子女の子している女の子ではないような気がして、女の子女の子した女の子の部分が足りないような錯覚に陥っていたようだ。 女の子女の子した女の子の部分とは、いったいどういうものなのかよくわからないままに、そのような部分を欲していた。 その頃の私は、自分の中に、男気というか根性のようなものがたくさんあって、それが自分の女の子らしさを邪魔しているというか、押さえこんでいるような気がしていた。 とはいえ、私のぱっと見は、ボーイッシュという感じとは程遠く、男まさりでもなく、勝気という感じでもなく、どちらかといえば、女の子らしい格好をしていたけど、女の子女の子した女の子とは、どこかが違っているように思えてならなかった。そういう女の子女の子した女の子に対してなんとなく引け目のようなものを感じていた。 ヘンだけど、そうだったのだ。今もその傾向がなきしにしもあらず。 私が、勝手に作り上げている女の子らしさとは、きめ細やかさのようなものかもしれない。かよわさのようなものかもしれない。 女の子女の子した女の子は、手先が器用でなければいけない。 お行儀がよくてきちんとしつけられていなければいけない。 そして女の子女の子した女の子は、姉妹という環境で育っていなければいけない。 と、勝手に定義づけていた。 私の一番の仲良しは、妹がひとりいて、とても女の子女の子した女の子だった。 おしゃれが大好きで、お料理やお裁縫も得意で、整理整頓とかも上手で 身の回りのことがいつもキチンとできた。 ピンクのフリフルのワンピースがすごく似合うタイプの女の子だった。 私は、彼女にいっつも助けてもらった。お裁縫の宿題とかも代わりにやってもらった。ごちゃごちゃだったポーチの中身もいつもキレイに整えてもらった。 彼女にしてみれば、私は、女の子のできそこないみたいな女の子だったので、ついつい手を貸してやりたくなったのかもしれない。